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人間は小さく、強い

2008年12月10日
ホームページを持っていた頃に書いた詐欺師の話を先に書いたので、もうひとつだけ当時書いた話を書く。例え僕が死ぬまでブログを続けても、(少なくとも僕にとっては)これ以上に面白い話は書けないように思えるので。

もうずいぶん前のゴールデンウィーク、僕は当時両親が住んでいた神戸に帰省した。神戸は母の育った町である。父親が朝から出かけ家に母と2人。間違いがあってはいけないので、母と新神戸の方に散歩に出かけ昼ごはんを食べることにした。
知らなかったのだが、新神戸の当たりこそが母の育った場所で、初めて聞くような母の幼少期の頃の話を聞いた。その話の一つとして、こういうことがあったらしい。

戦争直前の母がまだ幼い頃、母の家から少し離れた山側の、当時は人が殆ど住んでいない地区に、ある日突然洋館が何軒も建ち、しばらくして見たこともない外国人が何十人も住み始めた。学校の先生は、そこへ行ってはいけない、そのことを話してはいけない、と教えたそうで、何だろうと思いながら暮らしていると、またしばらくして外国人も洋館も忽然と姿を消した。
戦後母は父と結婚し、姉と僕とを産み、僕がブログを書けるように育てた。そしてある日、母は妹尾河童の本を読んでいて、妹尾河童が育った神戸の町に降って沸いてそして消えた洋館と外国人の下りに行き当たった。妹尾河童の父は神戸で洋服屋を営んでおり、その外国人の服の修繕をしたらしい。
そして妹尾河童の本によって、その外国人は、杉原千畝が発給したビザによってナチスドイツの迫害を逃れ、敦賀経由で来日して神戸に留まり、上海やアメリカに行く手続きを待っていたユダヤ人だということがわかった。次の年に日本はアメリカと開戦する。アメリカに渡った人にとってはまさに間一髪の脱出劇だった。

神戸が今よりも国際都市だった頃、世界に帝国主義と人道とが交じり合っていた頃の話。
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