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ベルリン大空輸

2008年11月03日
下で、なんとなく「ピクニック事件」という冷戦の頃のことを書いた理由を思い出した。新聞で、3日前にベルリン大空輸で飛行機が離発着したテンペルホフ空港が閉鎖になったことを知ったのが下敷きにあった。ベルリンには旧西ベルリン側にテーゲル空港とテンペルホフ空港、旧東ベルリン側にシェーネフェルト空港がある。テンペルホフ空港がベルリンで最も歴史が古く、テーゲル空港はベルリン大空輸の際に急遽作ったらしい。その後テーゲル空港の方を大きくしたため、テンペルホフ空港は便数が減って慢性赤字が続いており、シェーネフェルト空港がブランデンブルグ空港として拡張され来年開港の予定になっているのに合わせて閉鎖することが決まったらしい。ブランデンブルグ空港が開港するとテーゲル空港も閉鎖され1つに集約されるようだ。出典はwikipediaです。ベルリン大空輸のピーク時には、3分に1機を離発着させたというから都心の通勤電車並みの頻度である。ただ、そのときに作ったテーゲル空港の滑走路は僅か2400mで、それでも当時ヨーロッパ最大であったので、当時の飛行機1機ではそれほどの荷物が積めず、それだけの頻度が必要だったのだろう。
ベルリンの大空輸はソ連が西ベルリンを封鎖したことがきっかけとなって1948年に始まり、ソ連はその後1961年にベルリンの壁を築く。この年、ケネディがベルリンを訪れてIch bin ein Berliner.(私はベルリン市民である)と演説する。そして1989年にベルリンの壁は崩壊し、2006年には、いよいよおぎやはぎがベルリンの壁に落書きをする。
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