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世論

2009年01月07日
世論というものは移ろいやすい。
僕の両親は阪神大震災の時に神戸に住んでいて被災し、怪我をして家財道具の一部を失った。
ただ命に別状はなく、また幸い旧住都公団の賃貸マンションに住んでいたので、国が半壊のマンションに直ぐに手を入れてくれ、すぐに元の住宅に住むことができた。
マンションのとなりの公園や近所の学校には仮設住宅が建ち、家屋が全壊した人などが住んでいた。こういう緊急時に差し伸べられた手は暖かいもので、そこから個人個人が元の生活に戻るのには、時に強い意志が必要なケースもある。
そこで元の生活に戻れないでいる人がいると、時間の経過とともにある日突然に今まで暖かかった世論がにわかに「そろそろにしようか」と言い出すこともある。その土地が公園や学校である以上仕方がない。

自然災害という、原因に対して自分に全く非のケースですらそうである。以前のイラク人質事件の時(「自己責任」という言葉が流行った時)、当初世論は割に人質家族に同情的であったが、少し家族が興奮してしまったことから「そもそも自己責任ではないのか?」という意見を喚起してしまい、逆に叩かれるという結果になることに日はかからなかった。

前置きが長くなった。昨日、経団連の新年のパーティーに派遣切りにあった方が、アポなしで要望書を渡しに行って会場でひと悶着あったらしい。21世紀に生きる人間として、彼らの幸せを願う気持ちは人語に落ちないとは思うが、日本でこれは危ない。10-0で利がある訳ではない以上、立ち居振る舞いには十分に気をつけないと、人質家族と同様に周囲がすぐに手のひらを返す可能性がある。

しかし、経営者団体がワークシェアリングを言い出した。やらないよりはやった方がいいかも知れないが、当面需要は回復しないだろうから、できることなら強い意志を持って新しい職業生活を送る方に支援してあげた方がよいとは思う。
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