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チェ

2008年11月03日
チェはチェでも、チェ ゲバラのチェである。昔、ゲバラ焼き肉のタレ、てなことを言う人がいた。多分反革命分子だと思う。
ゲバラを題材にした映画二部作が来年公開されるらしい。一つは赤い星、一つは青い星がシンボルになっているから、B'Zのベストアルバムみたいだが、片方は28歳で革命を起こすときの話、もう片方は39歳で死ぬときの話らしい。まあどういう映画を撮るかは全く自由なわけだが、なんでも二部作両方の前売り券を買うと、今エコバッグがもらえるらしい。誰か何とか言ってやって下さい。
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QUARTER POUNDER

2008年11月03日
20081103185110
会社の近所に、タイトルの名前のハンバーガーチェーン店が出来ていた。メニューはチーズバーガーとダブルチーズバーガーのしかもセットのみ。ポテトとドリンクがつく。ドリンクはコカ・コーラかホットコーヒーから選ぶ。ダブルチーズバーガーのセットが600円、チーズバーガーのセットが500円。マクドナルドのハンバーガーよりは肉がしっかりしている感じ。店で食べてもテイクアウトの簡易な袋に入れられる。
隣の席で座っている兄ちゃんは、また来たいとは思わねえ、と言っている。僕も次は当分来ないとは思うが、一般論としてはアリだと思う。渋谷駅前ともう一ヶ所にできたそうなので、興味のある方はどうぞ。
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お知らせ

2008年11月03日
テンプレート変えてみました。
前のも気に入っていたのですが、3列より2列の方がスッキリしていると思ったもので。

追記
この書き込み見てる時点でテンプレートの更新は知らせんでも分かりますね。以後、気を付けます。
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ベルリン大空輸

2008年11月03日
下で、なんとなく「ピクニック事件」という冷戦の頃のことを書いた理由を思い出した。新聞で、3日前にベルリン大空輸で飛行機が離発着したテンペルホフ空港が閉鎖になったことを知ったのが下敷きにあった。ベルリンには旧西ベルリン側にテーゲル空港とテンペルホフ空港、旧東ベルリン側にシェーネフェルト空港がある。テンペルホフ空港がベルリンで最も歴史が古く、テーゲル空港はベルリン大空輸の際に急遽作ったらしい。その後テーゲル空港の方を大きくしたため、テンペルホフ空港は便数が減って慢性赤字が続いており、シェーネフェルト空港がブランデンブルグ空港として拡張され来年開港の予定になっているのに合わせて閉鎖することが決まったらしい。ブランデンブルグ空港が開港するとテーゲル空港も閉鎖され1つに集約されるようだ。出典はwikipediaです。ベルリン大空輸のピーク時には、3分に1機を離発着させたというから都心の通勤電車並みの頻度である。ただ、そのときに作ったテーゲル空港の滑走路は僅か2400mで、それでも当時ヨーロッパ最大であったので、当時の飛行機1機ではそれほどの荷物が積めず、それだけの頻度が必要だったのだろう。
ベルリンの大空輸はソ連が西ベルリンを封鎖したことがきっかけとなって1948年に始まり、ソ連はその後1961年にベルリンの壁を築く。この年、ケネディがベルリンを訪れてIch bin ein Berliner.(私はベルリン市民である)と演説する。そして1989年にベルリンの壁は崩壊し、2006年には、いよいよおぎやはぎがベルリンの壁に落書きをする。
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ピクニック事件

2008年11月03日
ハンガリーでピクニック事件が起きたのは1989年のことである。「ピクニック」というイベントがオーストリア国境のショプロンという町の近くで開催され、そこでオーストリアへの国境が開かれるという噂が流れたため、当時東ドイツの国民が大勢来てオーストリア経由で西ドイツまで行ったという、まさにベルリンの壁崩壊少し前の出来事である。
こんなことができたのは、東側の国であるハンガリーがオーストリアを目指す東側の人に国境を開けたからに他ならない。が、その背景は複雑だ。
第一次大戦が始まるまでハンガリーはハプスブルグ家の支配するオーストリア帝国の一部であり、途中ハンガリー側の民族意識の高まりとともに、オーストリア=ハンガリー帝国という二重帝国(オーストリアもハンガリーも別の帝国であるが、ハプスブルグ家が両方の帝を兼務する)になる。たしかハンガリーはフン族の国という意味でアジア系の民族だ。ちなみにフィンランドもフン族の国という意味だ。
当時のオーストリア=ハンガリー帝国は今でいうチェコ、旧ユーゴ、ルーマニアなども領土にしていたから、次第にこれらの国にハンガリーの人が多く住むようになる。それが二度の大戦の中で、ハンガリー系の人をそれぞれの国に残したまま独立していくことになるが、ルーマニアでは第二次大戦の後チャウシェスクが政権を獲る。チャウシェスクは1980年後半、東欧各地で民主化運動が行われる中で特に激しく抗議する国内の異民族の弾圧を始める。ルーマニアはロマニシュ系の民族でこれまた周囲とは別の民族だということもあるかもしれない。ハンガリー系の人も弾圧の例外ではなかったため、ハンガリーは東側の国の中で唯一国連の難民条約に加盟する。そして東ドイツの人々を政治難民とし、西側に送るという決断を下す。ベルリンの壁が崩壊するのはその三ヶ月後である。
あっ、オチはありません。我ながら何で書いたんだろ。
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子ども用DVD

2008年11月03日
親戚の話をもう一つ。
僕が実家に帰るのは盆や正月なので、姉夫婦が子どもを連れて来ていることがある。姉夫婦は大分県内に住んでいるので、来るときはワンボックスカーに玩具やらDVDやらを満載してきて、家の中の空気を一変させる、まさに家ごと来る感じである。実家にテレビは1台居間にあるだけなので、子どもがDVDを見るとなると、家の全員がそのDVDを見ることになる。鉄道好きの甥用の「博多駅発なんとか」という博多駅に出入りする列車を追ったものとか、姪用のプリキュア5を録画したものとかである。それで僕もプリキュア5を初めて見たが、一応5人いてそれぞれキャラが立っていることは分かった。この夏に帰省したときにプリキュアを見たが、その日高校の同級生と昼ご飯を食べていたら、同級生の姉も子どもを連れてきてプリキュア5のDVDを見せられると言っていた。今世間はそういうことになっているらしい。
最近、甥姪も少し成長して再放送のトムとジェリーのDVDも持ってくるようになった。僕からするとずいぶんと成長したものである。早く人形劇三国志を見るくらいになってほしいものである。
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生まれるのが先か、スポーツが先か

2008年11月03日
サッカーは正直あまり見ないほうだ。ゴンや名波、ドゥンガなんかが活躍していた頃のジュビロは応援していたが、うちの近所の大宮や浦和はあまり応援する気がしない。私は和光市民という自覚はあっても埼玉県民という感覚があまりないからだろう。正月に大分に帰省したときも、ようやく喋れるようになってきた甥から「埼玉のおじちゃん」と呼ばれて悲しかった。そういう括られ方をされるのかと。
その大分にある、トリニータというサッカーのチームがナビスコカップで優勝した。実は僕が知っている人といえばシャムスカ監督くらいで、選手の名前も殆ど覚えていないが、小学校から高校までを過ごし今も実家がある所のチームなので、優勝はうれしかった。決勝に残っていることすら知らなかったけど。
そもそも大阪で生まれた僕は、親の影響もあり子どもの頃から阪神ファンである。小学校低学年の一時期広島の方が好きであったが、以降阪神ファンとして辛い時期も過ごしてきた。自分が生まれた地域に生まれる前からタイガースと言うチームは存在し、理屈ではなくてDNAにファンであることを編みこまれている。そういうもんだと思っている自分なので、生きてる途中で後から自分の地域にプロスポーツチームができるというのはどういう感覚だろうと思う。でも、たまに帰省してみると、親も甥も「この間スタジアムに見に行った」などという話をしてくれる。少なくとも大分の地にトリニータは徐々に定着しつつあるようである。僕も選手の名前くらいは覚えよう。リーグ戦でも上位につけているようだし。
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プライスクラブ閉店します

2008年11月03日
和光市の駅の近くに、プライスクラブという店ができて2年になる。コンビニエンスストアよりちょっと狭いくらいの広さで、売っているものはコンビニエンスストアに生鮮食料品を足して惣菜を引いた感じである。とにかく安い。カップラーメンは98円、ペットボトルの伊藤園のウーロン茶が68円、等々。諸物価値上がりの中、ありがたい店である。実際、日曜日の朝などは駅前の小さな店なのに、まとめ買いをすべく車で来て開店を待つ人の行列ができていた。おもしろかったのは、最初は棚もなく全部の品をビールケースの上に置いて売っていたのが、少しずつ棚が入って置ける商品の数が増えてきたこと、よく分からないが、育てるゲームはこんな感じ?
ところが、昨日行ってみると、11月下旬で閉店とのこと。ムチャクチャ残念である。吉本新喜劇風に言うと、譲二ショック である。それなりに客はいたと思うので流通の方で安く仕入れられなくなるような問題が起きたか?
そもそも食品の販売は利益が出しにくい。安売りをウリにしていれば尚更である。コンビニエンスストアが儲かっているのは、実は惣菜、弁当で利益を稼げているからである。しかし惣菜には仕入れルート、飽きられない商品開発、衛生管理等が必要で、まちのお店には無理だ。
最近、アジア諸国に日本のコンビニエンスストアの進出が著しいが、コンビニエンスストアが成り立つかどうかは惣菜を食べるかどうかに依存する。ヨーロッパにコンビニエンスストアは殆どないが、例外的に、いろんな惣菜があって肉屋なんかで昔から売られていたイタリアには所々にある。
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