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Enjoy Your Flight

2008年11月06日
今日は朝一の飛行機で山陰に出張だったが、朝早かったので不覚にも機内で寝てしまった。起きていても機内でできることは限られる訳だが、機内でできるささやかな楽しみを以下に記そう。

(1)飴をもらう
最近は、入り口のところに飴が籠に入れて置かれている。入り口付近は混雑するので、取り忘れないよう強い意志で臨もう。離陸の時に、耳がツーンとならないために舐めておくのはよいが、先日は不意の乱気流に見舞われ意図せずに飲み込んでしまい、昔のサザエさんの フンガッフッフみたいになった。気を付けよう。

(2)新聞を読む
一般紙、スポーツ紙ともに用意されているが、家で一般紙を読んでくる人が多いせいか、スポーツ紙の方が人気である。しかし、その中ではサンスポが余っていることが多いような気がする。感覚ですけど。

(3)音楽を聞く
高校を卒業して大学で一人暮らしを始める時に大分空港から乗った飛行機では、ピ-ターセテラのワングッドウーマンとデュランデュランのオールシーワォンツイズがかかっていたことを今でも覚えているが、最近は演芸ばかり聞いている。落語や漫才以外にも、講談とか道楽とか意外にバラエティーがあるのよね。

(4)機内ショッピングカタログをみる
絶対買わないようなカニとかマンゴーとか高級カバンとか、とりあえず見てると結構楽しい。あと健康グッズとか結構見ちゃうのよね。

(5)飲み物を二杯もらう
機内での時間の真ん中くらいで飲み物が配られる。以前は配られる時に寝てても後で起きたら一声かけてくれたが、今はスルーされるから起きていなければならない。さて、二杯もらって得した気分になる方法。当然、お代わり下さい、と言えばくれるのだが、こっちから言わずに向こうから「いかがですか?」と勧めるように持っていく方法は二つ。一つは、飲み物を貰ったらその場で一気飲みをして喉の渇きを演出する。かなりの確率で、お代わりいかがですか?、と聞いてくる。その際、さも「そんなことしてもらっていいのですか?」という表情を忘れずに。もう一つは、離陸してシートベルト着用のサインが消えるや否や、空弁を食べ始めると、お茶お持ちしましょうか、と聞いてくる。その際、さも「そんなことしてもらっていいのですか?」という表情を忘れずに。ただ、二杯分のコストより空弁の値段の方が高いので要注意。
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小室ファミリー

2008年11月05日
さっき誤字を直そうとして消してしまったので再掲します。

詐欺事件のことでもあり、本人も認めているので、軽々しいことは言えないが、とにかく残念な事件ではある。
僕の高校生の頃にTMネットワークが全盛期だった。僕は高校の時新聞部に属していたが、後輩に「僕らの7日間戦争」にインスパイアされた子がいて、何かと戦うコラムを書いていた。僕は「乗ってんじゃないよ」と思っていたが、曲そのものは好きだった。
社会人になった90年代後半は彼のプロデューサーとしての彼の絶頂期だったので、印象に残った曲も多い。彼はいろんな人をプロデュースしていて、まさに「小室ファミリー」を形成していたが、今自分が「小室ファミリーだ」と意識している人は何人いるだろうね。切った人もいるだろうし切られた人もいるだろう。
今はファミリーと呼べるのは戸籍上も夫婦であったkco(keikoは今kcoというらしいね)だけかもしれないし、今はそのkcoも離婚したらしい。
昨日、臼杵市についてまとまらないことを書いたが、臼杵という風情ある穏やかな地方の町で料亭の娘として育ち、高校を卒業して町を出てOLになり、オーディションに受かってスターとなり、機会を与えた男と結婚し、男の勢いがなくなり周囲が引いていく中で自分だけが残り、ついには男が犯罪に手を染めて離婚したkcoの目には世間はどう見えるのだろうか、彼女の周りを駆け抜けていった諸々のことが、のんびりした臼杵のまちとあまりにコントラストをなしているように思えたわけよ。
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神戸牛

2008年11月05日
まだ学生だった頃、英会話を教えているモルモン教かなんかの教徒(多分アメリカ人)に道で会った。ホームタウンはどこですか?と聞かれ、当時僕の親は神戸に住んでいたのでそのように答えると、オー、神戸、知ってます。聞きました。神戸 牛バッカリ。

違うわ ボケ! 以上!!
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コーヒーショップ

2008年11月05日
会社の近くのベローチェとドトールによく行くので、店員さんのなかには顔を覚えてくれている人もいる。いつも僕が砂糖はいらないと言うので、砂糖抜きでよろしいでしょうか、と聞いてくれることもある。たまに砂糖の確認をせず、この人は砂糖抜きだ、と思って黙って砂糖抜きで出されることがあると、我ながら偏屈だとは思うのだが、ちょっとムッとしてしまう。一応聞きなさいよと。
あと、自分は慣れてしまっているが、そうでもない客もいるだろうから、質問は分かりやすいほうがよい。お砂糖とミルクはいかがいたしましょうか とかいう聞き方されると、もうちょっと質のよいのに替えてください、とか言ってもいいのかな、とも思いつつ、勇気はもっと別のところで使おうと思い直す。
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歓迎 オバマ大統領

2008年11月05日
デンジャラスのノッチという芸人がオバマ氏に似ていることをウリにテレビに出ている。別に何をするわけでもないので長く続く気はしないけど。この間は、自分が言っているのか周囲が言っているのか分からないが、「オバマ芸人」と紹介されていた。
おそらく、アメリカでもオバマ氏のそっくりさんとか出てきていると思う。ペイリン氏のそっくりさんがテレビに出ているのは僕もみた。
小浜市でも、饅頭とかハンバーグをつくったりして応援している。名前が似ているということだけで、公職選挙で選ばれる人に対して、選挙の際に選挙管理をする立場にある行政の姿勢として微妙な気もするが、まあ選挙権がある訳でもなく、誰かに迷惑をかける話ではない。
どうも、これを書いている時点ではオバマ氏が大統領になるようだ。この両者以外にもっと準備した方がよい人は沢山いそうにおもう。
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臼杵市

2008年11月04日
臼杵市は大分市に隣接する、落ち着いた風情に満ちた町である。臼杵城から西に向かって武家屋敷、寺社仏閣が多く残り、高台に登ると臼杵湾が一望できる。また、山に向かって南に下ると国宝の石仏が独特の佇まいをみせる。知名度は十分ではないが、かなりいい町だと思う。
昨日からニュースを騒がせた小室哲哉のかみさんkcoの実家が臼杵で料亭をやっている。最近はまちを歩くと小室哲哉に会うこともあったらしい。kcoのほか、宗兄弟も臼杵の出身だ。
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シュニッツェル

2008年11月04日
君はもうシュニッツェル(Schnitzel)を食べたか。シュニッツェルはウィーン名物の牛のカツである。ただ牛でなくても調理法が同じであればシュニッツェルとは言うらしい。我らがトンカツとの違いは、素材の他にもフライパンに油を浅く引いて焼くように揚げる点がある。
シュニッツェルの由来として重要なのがラデッキー将軍である。ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの最後に必ず演奏されるラデッキーマーチのラデッキーである。ラデッキーはある時イタリアを攻め、ミラノを占領した。そこで食べたのがミラノ風カツ(Cotoletta alla Miranese)である。ミラノ風カツはミラノ名物の牛のカツである。我らがトンカツとの違いは、素材の他にもフライパンに油を浅く引いて焼くように揚げる点がある。そう、ラデッキーはミラノ風カツのおいしさのあまりウィーンに持って帰り、シュニッツェルの名前で広まった。ザルツブルグ風シュニッェル(肉の中に詰め物をする)が出たりして、シンプルなシュニッツェルはウィーン風シュニッツェル(Wiener Schnitzel)と区別される。
イタリアとオーストリアは国境を接しており、ボルツァーノやメラーノといったイタリア北部の町は第一次大戦前までオーストリア領だった。このため、これらの地域ではドイツ語が幅を利かせている。イタリア語メニューでCotoletta alla Miraneseと書いている料理はドイツ語メニューではWiener Schnitzelと書いてある。
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チェ

2008年11月03日
チェはチェでも、チェ ゲバラのチェである。昔、ゲバラ焼き肉のタレ、てなことを言う人がいた。多分反革命分子だと思う。
ゲバラを題材にした映画二部作が来年公開されるらしい。一つは赤い星、一つは青い星がシンボルになっているから、B'Zのベストアルバムみたいだが、片方は28歳で革命を起こすときの話、もう片方は39歳で死ぬときの話らしい。まあどういう映画を撮るかは全く自由なわけだが、なんでも二部作両方の前売り券を買うと、今エコバッグがもらえるらしい。誰か何とか言ってやって下さい。
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QUARTER POUNDER

2008年11月03日
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会社の近所に、タイトルの名前のハンバーガーチェーン店が出来ていた。メニューはチーズバーガーとダブルチーズバーガーのしかもセットのみ。ポテトとドリンクがつく。ドリンクはコカ・コーラかホットコーヒーから選ぶ。ダブルチーズバーガーのセットが600円、チーズバーガーのセットが500円。マクドナルドのハンバーガーよりは肉がしっかりしている感じ。店で食べてもテイクアウトの簡易な袋に入れられる。
隣の席で座っている兄ちゃんは、また来たいとは思わねえ、と言っている。僕も次は当分来ないとは思うが、一般論としてはアリだと思う。渋谷駅前ともう一ヶ所にできたそうなので、興味のある方はどうぞ。
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お知らせ

2008年11月03日
テンプレート変えてみました。
前のも気に入っていたのですが、3列より2列の方がスッキリしていると思ったもので。

追記
この書き込み見てる時点でテンプレートの更新は知らせんでも分かりますね。以後、気を付けます。
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ベルリン大空輸

2008年11月03日
下で、なんとなく「ピクニック事件」という冷戦の頃のことを書いた理由を思い出した。新聞で、3日前にベルリン大空輸で飛行機が離発着したテンペルホフ空港が閉鎖になったことを知ったのが下敷きにあった。ベルリンには旧西ベルリン側にテーゲル空港とテンペルホフ空港、旧東ベルリン側にシェーネフェルト空港がある。テンペルホフ空港がベルリンで最も歴史が古く、テーゲル空港はベルリン大空輸の際に急遽作ったらしい。その後テーゲル空港の方を大きくしたため、テンペルホフ空港は便数が減って慢性赤字が続いており、シェーネフェルト空港がブランデンブルグ空港として拡張され来年開港の予定になっているのに合わせて閉鎖することが決まったらしい。ブランデンブルグ空港が開港するとテーゲル空港も閉鎖され1つに集約されるようだ。出典はwikipediaです。ベルリン大空輸のピーク時には、3分に1機を離発着させたというから都心の通勤電車並みの頻度である。ただ、そのときに作ったテーゲル空港の滑走路は僅か2400mで、それでも当時ヨーロッパ最大であったので、当時の飛行機1機ではそれほどの荷物が積めず、それだけの頻度が必要だったのだろう。
ベルリンの大空輸はソ連が西ベルリンを封鎖したことがきっかけとなって1948年に始まり、ソ連はその後1961年にベルリンの壁を築く。この年、ケネディがベルリンを訪れてIch bin ein Berliner.(私はベルリン市民である)と演説する。そして1989年にベルリンの壁は崩壊し、2006年には、いよいよおぎやはぎがベルリンの壁に落書きをする。
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ピクニック事件

2008年11月03日
ハンガリーでピクニック事件が起きたのは1989年のことである。「ピクニック」というイベントがオーストリア国境のショプロンという町の近くで開催され、そこでオーストリアへの国境が開かれるという噂が流れたため、当時東ドイツの国民が大勢来てオーストリア経由で西ドイツまで行ったという、まさにベルリンの壁崩壊少し前の出来事である。
こんなことができたのは、東側の国であるハンガリーがオーストリアを目指す東側の人に国境を開けたからに他ならない。が、その背景は複雑だ。
第一次大戦が始まるまでハンガリーはハプスブルグ家の支配するオーストリア帝国の一部であり、途中ハンガリー側の民族意識の高まりとともに、オーストリア=ハンガリー帝国という二重帝国(オーストリアもハンガリーも別の帝国であるが、ハプスブルグ家が両方の帝を兼務する)になる。たしかハンガリーはフン族の国という意味でアジア系の民族だ。ちなみにフィンランドもフン族の国という意味だ。
当時のオーストリア=ハンガリー帝国は今でいうチェコ、旧ユーゴ、ルーマニアなども領土にしていたから、次第にこれらの国にハンガリーの人が多く住むようになる。それが二度の大戦の中で、ハンガリー系の人をそれぞれの国に残したまま独立していくことになるが、ルーマニアでは第二次大戦の後チャウシェスクが政権を獲る。チャウシェスクは1980年後半、東欧各地で民主化運動が行われる中で特に激しく抗議する国内の異民族の弾圧を始める。ルーマニアはロマニシュ系の民族でこれまた周囲とは別の民族だということもあるかもしれない。ハンガリー系の人も弾圧の例外ではなかったため、ハンガリーは東側の国の中で唯一国連の難民条約に加盟する。そして東ドイツの人々を政治難民とし、西側に送るという決断を下す。ベルリンの壁が崩壊するのはその三ヶ月後である。
あっ、オチはありません。我ながら何で書いたんだろ。
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子ども用DVD

2008年11月03日
親戚の話をもう一つ。
僕が実家に帰るのは盆や正月なので、姉夫婦が子どもを連れて来ていることがある。姉夫婦は大分県内に住んでいるので、来るときはワンボックスカーに玩具やらDVDやらを満載してきて、家の中の空気を一変させる、まさに家ごと来る感じである。実家にテレビは1台居間にあるだけなので、子どもがDVDを見るとなると、家の全員がそのDVDを見ることになる。鉄道好きの甥用の「博多駅発なんとか」という博多駅に出入りする列車を追ったものとか、姪用のプリキュア5を録画したものとかである。それで僕もプリキュア5を初めて見たが、一応5人いてそれぞれキャラが立っていることは分かった。この夏に帰省したときにプリキュアを見たが、その日高校の同級生と昼ご飯を食べていたら、同級生の姉も子どもを連れてきてプリキュア5のDVDを見せられると言っていた。今世間はそういうことになっているらしい。
最近、甥姪も少し成長して再放送のトムとジェリーのDVDも持ってくるようになった。僕からするとずいぶんと成長したものである。早く人形劇三国志を見るくらいになってほしいものである。
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生まれるのが先か、スポーツが先か

2008年11月03日
サッカーは正直あまり見ないほうだ。ゴンや名波、ドゥンガなんかが活躍していた頃のジュビロは応援していたが、うちの近所の大宮や浦和はあまり応援する気がしない。私は和光市民という自覚はあっても埼玉県民という感覚があまりないからだろう。正月に大分に帰省したときも、ようやく喋れるようになってきた甥から「埼玉のおじちゃん」と呼ばれて悲しかった。そういう括られ方をされるのかと。
その大分にある、トリニータというサッカーのチームがナビスコカップで優勝した。実は僕が知っている人といえばシャムスカ監督くらいで、選手の名前も殆ど覚えていないが、小学校から高校までを過ごし今も実家がある所のチームなので、優勝はうれしかった。決勝に残っていることすら知らなかったけど。
そもそも大阪で生まれた僕は、親の影響もあり子どもの頃から阪神ファンである。小学校低学年の一時期広島の方が好きであったが、以降阪神ファンとして辛い時期も過ごしてきた。自分が生まれた地域に生まれる前からタイガースと言うチームは存在し、理屈ではなくてDNAにファンであることを編みこまれている。そういうもんだと思っている自分なので、生きてる途中で後から自分の地域にプロスポーツチームができるというのはどういう感覚だろうと思う。でも、たまに帰省してみると、親も甥も「この間スタジアムに見に行った」などという話をしてくれる。少なくとも大分の地にトリニータは徐々に定着しつつあるようである。僕も選手の名前くらいは覚えよう。リーグ戦でも上位につけているようだし。
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プライスクラブ閉店します

2008年11月03日
和光市の駅の近くに、プライスクラブという店ができて2年になる。コンビニエンスストアよりちょっと狭いくらいの広さで、売っているものはコンビニエンスストアに生鮮食料品を足して惣菜を引いた感じである。とにかく安い。カップラーメンは98円、ペットボトルの伊藤園のウーロン茶が68円、等々。諸物価値上がりの中、ありがたい店である。実際、日曜日の朝などは駅前の小さな店なのに、まとめ買いをすべく車で来て開店を待つ人の行列ができていた。おもしろかったのは、最初は棚もなく全部の品をビールケースの上に置いて売っていたのが、少しずつ棚が入って置ける商品の数が増えてきたこと、よく分からないが、育てるゲームはこんな感じ?
ところが、昨日行ってみると、11月下旬で閉店とのこと。ムチャクチャ残念である。吉本新喜劇風に言うと、譲二ショック である。それなりに客はいたと思うので流通の方で安く仕入れられなくなるような問題が起きたか?
そもそも食品の販売は利益が出しにくい。安売りをウリにしていれば尚更である。コンビニエンスストアが儲かっているのは、実は惣菜、弁当で利益を稼げているからである。しかし惣菜には仕入れルート、飽きられない商品開発、衛生管理等が必要で、まちのお店には無理だ。
最近、アジア諸国に日本のコンビニエンスストアの進出が著しいが、コンビニエンスストアが成り立つかどうかは惣菜を食べるかどうかに依存する。ヨーロッパにコンビニエンスストアは殆どないが、例外的に、いろんな惣菜があって肉屋なんかで昔から売られていたイタリアには所々にある。
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ソフトドリンク

2008年11月01日
今、和光市の駅のホームにいる。目の前には自動販売機。11月になったせいか、ホットの飲み物が増えている。目の前の自販機はキリンので裏側にはコカ・コーラのもの。ホームの真ん中あたりには伊藤園とヤクルトの自販機がある。で、それぞれに20種類近くの商品がある。さらにキオスクで別のものを売っているから、僕たちが和光市駅で飲み物を買う場合、ざっと100種類くらいの選択肢があることになる。やっぱり和光市はすごい。うそ。
キリンなんかは最近商品が個性的になってきたが、以前は主力はキリンレモンであった。子供がいる家庭にお中元でビールを送るときにビールのお供をする大事な役割はあったが、サントリーレモンや不二家のレモンスカッシュなどと味の違いがわかる人は少なかったと思う。最近のキリンはけっこういい。
ソフトドリンクの種類の多さに拍車をかけたのは、たしか伊藤園がお茶をペットボトルに入れても濁らないようなテクを編み出して、お茶が売られるようになったこと。確か平成になるくらいの頃だ。こんなにソフトドリンクのバリエーションが多い国を他に知らないのだが、日本茶のペットボトルはいよいよアメリカに輸出されるらしい。
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改革派のタクシードライバー

2008年11月01日
タクシーに乗っていると、ドライバーに政権交代を望む人や憲法改正を望む人が結構多い。まあ、そう思わない人はことさらそういうことを話さないから、話題になることが多いというだけで全体にそうだとは言えないが、しかしこういう話題になることは意外に多い。まあ新卒が行く職場ではないので、現状に不満を持っておられる方もいるかもしれない。
どこに問題があるかを議論するのは良いことだが、タクシードライバーに限らず、「なんでデモが起きないのか不思議だ」みたいなことをいう人がたまにいて、それはどうかと思う。皆がデモに行かない理由はあなたがデモに行かない理由と全く同じだと思うよ。
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リスク社会

2008年11月01日
現代はリスク社会であることを以前勤めていた会社の後輩のふたさんから教わった。
イタリアに旅行して帰りの飛行機でのこと。オーストリア航空を利用したので、ローマからウィーンの空港で乗り継いで、いよいよ成田に帰る飛行機の機内で、日本人のおばあちゃんと隣になった。長い時間でもあるので、自分はイタリアに行ったことを話し、おばあちゃんはオーストリアにいったことを聞いた。おばあちゃんは以前は丸の内の財閥系の企業にお勤めで、今はリタイヤし千葉に住んで弓道を趣味として悠々自適の生活をしているらしい。年配ではあるが見るからに、また話す言葉も上品でまあなんというか元お嬢様という感じである。
次第にそれぞれが撮った写真が話題になった。僕も自分で撮った写真を見せ、おばあちゃんの写真を見せてもらった。おばあちゃんのカメラはパナソニックの高倍率ズーム、一眼レフではないが結構いいもののようだ。出入りの松下のお店の人に勧められ、旅行の直前に買ったそうだ。おばあちゃんは、写真を自宅のテレビで見たいのだが、縦位置で撮った写真を縦で再生する方法がわからない、と言うので、縦位置で撮っていることを検知する設定になっていないのではないかと言い、写真と一緒に設定を見せてもらい、電源の減りを抑えるべく液晶モニタのスイッチを切って返した。結果的にはこれが失敗の元。
しばらく話していると、おばあちゃんはメールアドレスをほしがった。このおばあちゃんとメル友になることにリアリティはなかったが、断る理由もないので持っていた名刺を渡し、おばあちゃんのメルアドも受け取った。

さて、帰宅して数日後、おばあちゃんに縦位置の写真が再生できているか、メールした。が、その返信は全く意外なものであった。曰く、写真が全部消えている、あなたが消したのだろう、あなたは詳しそうだったから事故ではないだろう、故意にやったはずだ、どうしてくれるのだ、自分の旅行の思い出が台無しだ、と。
これには参った。もちろん故意に消すはずなど無い。また、カメラに限らず工業製品は不可逆なことをミスでやってしまうことがないようかなり配慮されている。カメラも、写真を削除する際にはもう1回確認のボタンを押さないと消えないようにしてあるのが普通で、ミスで消す可能性も0に近い。とすると、考えられるのは2つ。1つは実は写真は消えておらず、おばあちゃんが操作に慣れていないので再生できていない。もう1つは最悪のシナリオで、別途おばあちゃんが消してしまった。こうなると、もう自分が消していないことは証明できなくなる。

PCのディスクからファイルを削除しても物理的には消滅していないことを思い出し、とにかくメモリーカードから取り出せる可能性を考えた。そこで商品カタログと自分の記憶から型番を割り出して、松下のデジカメのサービスに電話をして事情を話し、画像ファイルを取り出せる可能性について質問した。電話をしながら、一応はおばあちゃんのところには菓子折りもって釈明には行かなきゃいけないかなあと考えた。
幸い松下のサービス方は親切に相談に乗ってくれ、長話になった。そのとき、おばあちゃんからもう1本メイルが来た。先ほどカメラを買った松下の店の人が来たのでカメラをみせたら写真が再生でき、ちゃんと縦位置で見えたとのこと。メールを見ながら、こっちは松下のサービスの方に先方の誤解だったことを告げ、「良かったですねえ」と話し、感謝して電話を切った。
結果的には写真は残っていたので、菓子折りを持っていけばそこで無実は証明できたとは思うが、行かずに済んだ。おばあちゃんが量販店でカメラを買っていたらこうはいかなかっただろう。

そのことを隣の席のふたさんに話したところ、それは僕が悪いとのこと。現代はそういう時代なのだから、知らない人のカメラを触るべきではないと。その通りだ。特に、無造作に液晶モニタのスイッチを切ったことが誤解を引き起こした。
今、身の回りには機能や欠点について完全に理解せずに使っているものが多く、そこから生じるリスクを踏まえながら使いこなして生きていく必要がある。最も典型的な例は原子力発電所だろうけど。
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変わるお店

2008年11月01日
今、松屋で朝定食を食べる。昨日の晩の更新から連続して定食屋で本当に申し訳ない。
この松屋は二年くらい前にCDの店から変わったものだ。一つの所に住んでいると、さすがにいろんな店が変わっていく。
昨日も会社で話題になったのは、ヤマダ電機が各地の空きビルに入って凄い勢いで増殖中だということ。従来の郊外でファミリー相手に白物家電を売る商売から、比較購買する人が多い駅前に来ているのが近年の傾向だが、どうなりますやら。従来から駅前に出ていたビックカメラは、有楽町のそごうや新宿の小田急ハルクの後に入ったが、見た感じ、以前の何倍も人が入っている。
いずれも、以前の店より扱う商品やジャンルを絞って価格で勝負する店に代わった訳ではある。僕は家電製品に関しては、昔の松下のお店のように、地区に入り込むタイプの小売店が高齢化の進展ともに復活してくるのではという気もしている。そうなった方がいいと感じるできごとが実際にあったのだが、それは次に書くことにする。(ごめんね。やや退屈な内容でしたが前フリということで)
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